「鋼鉄くらげ」さんのページ

10点 夏子の酒

普段、私が読んでいる漫画が「ジュース」や「スポーツ飲料」の様なものだとしたら、この作品は正に「酒」。甘みは無いが、渋みと旨みを感じさせてくれる作品です。

優れている。というだけの言葉で表現していいのか。安易に品評するのもおこがましい様な、実に味わい深く、崇高な作品です。

作品に対して明確なテーマ設定を行ない、それに基づいて入念な下調べや調査、事前準備を行なっていく。また、製作中も1ページ、1ページ。1コマ、1コマ。細部に渡るまで入念な書き込みを行ない、手間や労力を惜しまない。

その姿はまるで、たった一言の「美味い」を聞くために、長い期間を掛けて酒造りを行なっている職人達の姿そのもののようです。そんなストイックで朴訥な姿を見せられると、本来の「漫画家」の仕事とはこういうものを指すのだと、改めて実感させられる作品です。

一方、恐ろしいのは、この作品が世に出されたのが、実に二十年以上も前の事であること。つまり、この時から既に、農業の問題点が、作品中で指摘されているように、問題視されていた、という事。今現在、日本の酒造業がどのような酒造りを行なっているのか。そして、今現在、市場に出回っている酒類はどのような醸造工程を経て作られた物なのか。また、日本の農業は、どのような土を使って作物を育てているのか、とても心配でなりません。

この作品を通して、米作りや酒造りの大変さや苦労を改めて見てみると、万物には霊魂が宿るといった、アニミズムの信仰も決して原始的な発想から生まれたものではないように感じます。それは言うなれば、命を育てるという事がいかに苦労の果てに生まれるものであるか。そしてその苦労は決して軽んじられるものではなく、また無下にされるものでもない。それはつまり、生命への感謝であるという事。この作品を通して、私はそのように感じました。

最後に、漫画に限らず芸術というのは、結局、価値観や感性の共鳴だと思っているので、ある一つの作品が万人に受け入れられるとは決して思っていないのですが、それでも、この作品はぜひ多くの人に読んでもらいたいと思える作品です。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2009-06-16 20:34:48] [修正:2009-06-16 20:34:48]

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