「鋼鉄くらげ」さんのページ

総レビュー数: 292レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年10月28日

この作品を語る上で重要な要素はやはり二つある。一つはこの作品が「作者の松井優征先生が現代を生きる中学生たちに宛てて書いた手紙」であること。そしてもう一つが、この作品が「現代の商業主義が抱える宿命を打ち破った作品」であること。これらを軸に今回この作品を評価してみたい。

まず一つ目。「作者の松井優征先生が現代を生きる中学生たちに宛てて書いた手紙」であるという点について。この作品は、一見暗殺というインパクトのあるエンターテインメント性で物語を紡いでいるが、その実は「松井優征流教育論」とも言うべき内容の一種の教育漫画である。

というのも、作品内の至るところで、作者自身が現代を生きる中学生たちへ伝えたいと思っているであろう言葉の端々が、殺せんせー自身の口を通して、あるいは作品内のテーマや教訓などからも間接的な形に変えて伝えようとしている部分が数多く見受けられるからだ。そしてその最たる例は、やはり原作第20巻170話14ページから始まる殺せんせーからのアドバイスと言えるだろう。

生きることが不合理な理由。社会が不合理である理由。それはやはり競合する他者がいるからに他ならないと私は考える。ゲームの世界で自分勝手に無双の世界を楽しむことができるのは競合する他者がいないからだ。もしいればたちまち世界は奪い合いになり、現実の世界と同様に、争いが絶えなく続いていく世界になっていくだろう。そんな、理不尽で不自由で不合理な現実社会の中で腐らず正しく生きていくためにはどうすればいいのか。そんな問いかけに対して、松井優征先生がほんの少し、今を生きる中学生たちへ投げかけた言葉の欠片。それが、この暗殺教室という作品だったのではないかと私は思う。

次に「商業主義の持つ宿命を打ち破った作品である」ということについて。まず「商業主義の持つ宿命」とは何なのか。それはつまり「人気が出た作品は終われない」ということである。その最も分かりやすい例は他誌ではあるが「体は子供。頭脳は大人の名探偵」だろう。この作品は、連載開始から早20年以上も掲載を続けているが、未だに終わる気配さえ見せていない。しかし、この作品が終わらない理由は明白である。終わられたら編集部が困るからだ。人気作品が終わることによる発行部数の減少と売上の減少。そしてそこから繋がる雑誌存続の危機。それを恐れているからこそ、編集部は発行部数確保の一翼を担っている人気作品を打ち切ることができないのだ。同じことはこの暗殺教室と同じ雑誌に掲載されている「ワンピース」などにも言えるだろう。編集部の道具、とまでは言わないが、経営存続のための一手段として作品全体の延命処置が施されている。それが、三大少年漫画雑誌に限らず数多くの長期連載作品に見られる問題点の一つなのではないかと私は考える。

その点を踏まえて今回の「暗殺教室」振り返ってみると、正に奇跡としか言いようのない幕引きだった。人気作品で、しかもジャンプの看板作品で、21巻で終わる。

延命はしない。これは殺せんせーと生徒たちの一年の物語なんだ。という松井先生の連載開始当初からの明確な意思表示。そしてその宣言通りの見事な幕引き。正に拍手喝采の出来栄えだった。

商業主義の持つ悪しき宿命を殺すことに成功した。

それだけでも、この「暗殺教室」という作品は、その功績や意義を後世に伝えられるべき作品となるだろう。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2016-07-23 00:35:18] [修正:2016-07-23 00:59:09] [このレビューのURL]

7点 orange

何となく、アニメで毎週ストーリーを追っていくのはしんどそうだったので、原作を先に読んでしまいました。

なお、今回のレビューは結末まで全て知っている前提のネタバレ全開レビューですので、アニメで今後の展開を楽しみたいという人は、このレビューを読まないでください。

10年後にいる未来の自分から、このままだともうすぐいなくなってしまうクラスメートを助けるために、未来を変えて欲しいと頼まれるこの作品。

話のキモはずばり、「自分の心の中にある罪悪感に抱えたクラスメートを、自殺の未来から救うことができるのか」という点です。

その未来を回避するため、未来にいる自分から送られてきた手紙によって伝えられた今後起こりうる出来事を事前に把握し、現在を生きる主人公たちがそれを回避するため、あるいはよりよい未来に変えていくため奮闘する、というのがメインストーリーなんですが、あれですね。思った以上に面白かったですね。恋愛漫画というよりはどちらかというとサスペンスドラマみたいな感じで。このまま進むとバッドエンド直行だと分かりきっているのに、読んでいる読者は何も出来ずにただ登場人物たちを見守ることしかできないというハラハラ感。ホントに、上手く作ってあると思います。

未来を変える。過去改変ものに共通して言えることは「過去に対する後悔」です。つまりあの時ああしていればもっと良い未来が待っていたんじゃないかという結論の出ない仮定論。

ただ、自分はどちらかというと作中の萩田の意見に近く、過去に戻ることなんて絶対に出来ないと思っていますし、仮に戻って過去を変えたとしても、それで必ず今が幸せな未来に変化するとは限らない、とも思っています。結局、過去の後悔っていうのは過ぎた時間の中で生まれた「感情のひずみ」みたいなもので、どんな時間軸を歩んだとしても大なり小なり必ず発生してしまうものだと思います。要はその生まれてしまった「ひずみ」に対して、自分の中でどの程度折り合いを付けるのか。そこが大事なんじゃないかと思います。

この作品のラストで、現在を生きる主人公たちは翔を無事に救うことができましたが、彼が死んでしまった未来にいる主人公の時間軸では、やはり翔の姿は現れませんでした。おそらくそれは、彼らが翔を救うことができなかったことに対して今でもやはり後悔はしているけれども、それでも今は、その出来事を一つの事実としてきちんと心の中に受け入れられる。そんな登場人物たちの心情を伝えるために、こういうラストにしたんじゃないか。そんな風に思いました。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2016-07-09 00:53:01] [修正:2016-07-09 01:07:09] [このレビューのURL]

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