「鋼鉄くらげ」さんのページ

人間の価値観は千差万別で十人十色。百人いれば百通りの好みや価値観が存在します。そんな中で、全ての人間の価値観に符合する「誰が読んでも面白い作品」なんてものは、未来永劫、半永久的に存在しえないなんてことは、今更ここで長々と語るまでもなく明白なことです。しかし、そんな人類不変の絶対真理を語っておいてなお、この作品に対する感想を述べさせてもらうと、「この作品は面白いです」。

さすがは荒川先生と言うべきか。農業高校の学校生活なんていう地味なテーマの話でも、実に興味深く、そして分かりやすく、作品のテーマから引き出す事のできる面白さを十二分に伝えられています。

さて、今回レビューを書くにあたって作品全体を見た場合、現段階ではレビューを書くにはまだまだ話そのものが始まったばかり。道半ばという段階です。なので今回は、2巻まで読んだ中で特に印象に残ったエピソードを一つ、紹介するだけに留めておこうかと思います。

そのエピソードとは、1巻134ページから展開される「獣医になる夢を叶えるために必要なものは何か?」という主人公の台詞に対して獣医が答えた言葉。
「殺れるかどうか」です。

例えば「小さくて可愛いペットが大好きだから」なんて理由で将来ペットショップ屋さんになりたいなんて言うのは、それこそ幼稚園児レベルの発想で、そんな志望動機は、実際にペットショップ屋さんが抱える苦悩や葛藤をまるで理解していないからこそ出てくる台詞そのものでしかないわけです。

生物を育てるにしろ、生物を救うにしろ、「命」を養うという事は、同時に「命」を奪うという事もその裏返しとして存在しています。そんな厳然たる事実を置き去りにして、安易で一時的な感情論で物事の指針を判断していると、いつか必ず「命」を扱う仕事が抱える絶対的な問題に直面します。それはつまり「死」です。自分が対象生物の生き死にを扱う覚悟があるのか。その覚悟を受け入れる事が、獣医として(命を扱う仕事として)必要な「資格」であると。そんな事を言いたいシーンなんじゃないかと思います。

普段。私たちの食生活は「命」を感じる事が少なくなってきています。今どきの子供たちは、スーパーの魚の切り身がそのまま海を泳いでいると思っている、なんて笑い話もあるくらいです。しかしそれは、逆に言えば、それだけ「生物=食物」という意識が希薄化していると言う事の証明でもあります。食物が大量生産され、製造工程が機械化されれば、それだけ「命」の存在感が薄れ、消失していく。それが善か悪かの二元論では無く、歴史の必然と言われれば、それは人間の傲慢なんじゃないかと、そんな事をこの作品を通して考えます。

自動化され、流動化される時代の中で、敢えて「生(せい)」を描くこの作品が、今後どのような物語を辿るのか。とても楽しみです。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-12-28 20:44:29] [修正:2011-12-28 20:52:39]

月別のレビュー表示